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大阪地方裁判所 平成5年(モ)3032号 決定

申立人

松島昇

右訴訟代理人弁護士

藪口隆

植村公彦

川﨑清隆

被申立人

野村証券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

辰野久夫

尾崎雅俊

主文

本件申立てを却下する。

理由

一、本件申立ての趣旨及び理由は、別紙「文書提出命令の申立」、「準備書面(二)」及び「準備書面(三)」に記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙「平成五年一一月一六日付準備書面」に記載のとおりである。

二、申立人(以下「原告」という。)が本訴請求の根拠とする主張の要旨は、〈1〉相手方(以下「被告」という。)は、一部の大口機関投資家に対して損失填補、利益保証をしていたにもかかわらず、これを秘して、原告に対し、株式の信用取引等を勧誘したのであり、後日、右損失填補の事実が発覚したため、株価の暴落を来し、原告は大きな損害を被ったが、被告の右行為は株式売買に関する委託契約上の義務違反行為(債務不履行)及び不法行為に当たる、〈2〉被告の営業担当社員である村島正貢は、原告に対し、株式購入について、強引、かつ違法な勧誘を行い、その結果、原告は大量の株式を購入させられ、右のとおり、大きな損害を被ったところ、被告は、民法七〇九条、七一五条により、原告の右損害を賠償すべき義務があるというものである。

そこで、本件申立ての適否について判断するに、右申立てに係る「注文伝票」、「取引日記帳」は、証券取引法(一八八条)及び証券会社に関する省令(一三条)により、その作成が義務づけられているものではあるが、これは、被告内部における統制を可能ならしめるため、また、監督行政官庁による監督・検査を容易にさせるために作成されるものであると解される。そして、本件紛争の焦点が原被告間の取引の存否にあるような場合はともかくとして、前記原告の主張からすれば、右申立てに係る各文書は、直接原告の主張事実を立証するのに役立つものとは認められないばかりでなく、右のとおり、少なくとも原告の地位や権利権限を証明する目的で作成されたものではなく、また、「証スベキ事実」(民訴法三一三条四号)である原告主張の前記事実関係を前提とする限りにおいては、原告の請求権の発生を基礎づける重要な事実が記載されているものとは認めることはできず、したがって、原被告間の法律関係について作成された文書と認めることもできない。

なお、原告は、本件申立ての理由として、被告は従業員にノルマを達成させるため、事前に被告名義で株式を一括購入しておき、後刻、これを顧客に売り付けるシステム(はめ込み販売)を採っていたのであり、「注文伝票」の記載を確認することにより、この事実が分かるとの趣旨の主張をしているが、もし原告の主張するとおりとすれば、むしろ被告としては、原告から注文を受けても、これを改めて市場に発注する必要はなく、したがって申立てに係る「注文伝票」も作成されないことになるとも考えられるし、また、被告の事前一括購入の事実については、そもそも行為の特定が全くされておらず(被告は右事実を否認している。)、このような文書提出の申立てはいわゆる模索的証明の一種に当たるともいうべきものである。

三、よって、本件申立ては理由がない。

文書提出命令の申立

(平成五年六月一日)

申立の内容

一、証すべき事実

被告の原告に対する本件損害賠償請求権の成立。

ことに、被告が原告の営業担当者であった村島正貢から強引かつ違法な勧誘行為を受けていた事実等。

二、文書の表示

訴状添付の株券目録二記載の株式及び訴状請求の原因七の項記載のワラントに関する取引について原告が証券取引法第一八四条、証券会社に関する省令第一三条の規定により投資者保護の目的の下に作成が義務づけられている左記書類。

1 注文伝票

2 取引日記帳

三、文書の所持者

被告

四、文書提出義務の原因

民事訴訟法第三一二条第三号(原告と被告との間の右株式、ワラントに関する取引に関して作成されたもの)。

準備書面(二)(平成五年九月二〇日)

松島昇の平成五年六月一日付文書提出命令の申立の理由について

一、松島昇は、既に平成五年(ワ)第八〇三号事件の訴状請求の原因五の1の項において指摘しているとおり、野村証券の松島に対する営業担当者であった村島正貢(以下「村島」という。)は、野村証券が所属の営業マンに課していた過大なノルマを達成するために既に購入済の株式やワラントについて松島が購入したようにはめ込みをしていたものである。

二、証券会社が事前に購入希望の注文を顧客から受けて、これを市場に出す場合には注文伝票の記載は購入希望者の氏名がはっきりしているのでこの購入希望者の氏名をインプットしてコンピューター処理してなされることになる。

これに対して、証券会社が市場価格の押し上げ等を目的として、たとえば「野村推奨銘柄」という名前で特定の銘柄の株式の購入を顧客に強力に勧める一環として自社でも大量に株式の購入をなすことにより株価を押し上げ、後から顧客を勧誘する(野村証券の場合には地区ブロックで何株、その傘下の支店単位で何株、さらに支店内の各営業課で何株、営業課の所属営業担当者ごとに何株という様に細かくノルマが課されており、村島を含む個々の営業マンはいわば野村証券の強制下に顧客に当該株式を買わさせられる)場合には、市場で購入する時点では購入希望者の氏名が決まっていないので注文伝票には個々の購入希望者の氏名が出てこない。

後に松島のような高齢で人のいい気の弱い人物に無理やり自己のノルマ分を当て込み購入させる場合には注文伝票を現実にきる時間も自ずと市場での購入時期より遅れることになる。

従って、本件においても本件で問題となっている全取引の注文伝票をみれば、(野村証券ないしは村島が注文伝票に注文を受けた正しい日時を記入している限り)これらの取引においていずれの形態で市場での購入がなされたかが一目瞭然となる。

後者の形態での購入がなされている場合には、野村証券のノルマの厳しさからみて強引な勧誘、押し込みがなされたことが容易に想像されるし、本件取引の実態の一端が如実に浮かび上がることになるのである。

三、この一連の事実関係を明らかにするには、野村証券の保持する(証券取引法上顧客の保護の観点から備え置きが義務づけられ、提出も容易な)本件で問題となっている取引すべてについての注文伝票及び関連して作成される取引日記帳の訴訟の場への提出は不可欠である。

よって、松島は、右文書の提出を重ねて強く求めるものである。

準備書面(三)(平成六年二月一五日)

野村証券の平成五年一一月一六日付準備書面における主張に対する反論

第一、右準備書面「第一、」の項について

一、野村証券は、「二、1.」の項において、「事前に購入希望の注文を顧客から受けて、これを市場に出す場合には、注文伝票の記載上、右購入希望者の氏名をコンピューターにインプットして機械的に印字するとの趣旨であれば、――そのような取扱はしていない。すなわち、注文伝票上の氏名等の記載はコンピューター処理により機械的に印字することはなく、手書きで記載している。」と主張する。

二、しかしながら、事前に顧客から注文を受けた場合において、野村証券が証券取引市場に注文を出すに当たって、右注文をコンピューターに入力せずに処理することはあり得ない。

野村証券は、松島との取引に関する取引報告書として甲第一号証の一ないし二〇号証を提出しているが、これらの取引報告書の作成は注文時点においてコンピューター入力された情報に基づき作成されているのであって、市場での売買が成立する以前においても注文が出された時点でたとえば株式売買取引についてであれば、次のような情報がコンピューターに入力されているはずである。

(1) オンライン注文か電話注文かの区別(オンライン銘柄に関する取引か立ち会い銘柄に関する取引かの区別)

(2) 売りか買いかの区別

(3) 顧客コード番号

(4) 銘柄コード番号

(5) 市場(東京証券取引所か大阪証券取引所かその他の証券取引所かについての区別)

(6) 現金取引か信用取引かの区別

(7) 信用取引の場合には新規取引か手詰め(建玉の決済)のための取引かの区別

(8) 株数

(9) 売買注文の出し方及び単価(成り行きで注文するのか指し値をするのか、指し値をするならいくらでするのかの区別)

(10) 支店コード番号

(11) 部署コード番号

(12) 扱い者(担当者)コード番号

(13) 注文時間

なお、右(13)については扱い者が特別に時間を入力するキーを打ち込まなくても市場に注文を出すためのキーを打ち込んだ時点において、右時間が情報として入力される仕組みになっているのである。

従って、注文伝票にも注文を受けた時間及び市場に注文を出した時間が記憶されることになるのである。

三、野村証券は、右準備書面の「二、4.」の項において「注文伝票には、性質上当然のことながら、市場での購入日時は記載されず、また購入希望者の氏名の記載もそもそもコンピューター処理によりなされることはない」と主張している。

しかしながら、事前注文を受けてから市場への注文を出す正常な取引形態の場合には必ずコンピューター処理がなされることは前述のとおりであるし、氏名の記載は顧客コード番号の記載によっても置き換えられるのでその氏名の記載があるか、顧客コード番号の記載があるかは問題ではない。

また、松島は、注文伝票に購入日時の記載があるとは全く主張していない。松島が主張しているのは「注文伝票には事前注文を受けてから市場への注文を出す正常な取引形態の場合には注文を受けた時間及び市場に注文を出した時間が正確に記載される」ということである。少なくとも注文伝票には野村証券が注文を受けた時間や当該注文を市場に出した時間の記載があり、これを明らかにすることによって当該取引がいわゆるはめ込み販売されたものか否かを明らかにするのである。

第二、文書提出義務の根拠について

一、野村証券は、本件文書提出命令の申立てに対して本件注文伝票や取引日記帳が民事訴訟法第三一二条三号前段の文書(利益文書)にも同条同号後段の文書(法律関係文書)にも当たらないと主張している。

二、しかしながら、本件注文伝票や取引日記帳は民事訴訟法第三一二条三号前段の文書(利益文書)にも同条同号後段の文書(法律関係文書)にも当たる。

三、利益文書該当性

1. 野村証券は、右「利益文書」の要件として次の事項を掲げ、これが伝統的解釈であると主張している。

〈1〉 当該文書が直接挙証者の地位や権利権限を証明し、または基礎付けること。

〈2〉 当該文書が挙証者の右のような利益を証明し基礎付けることを目的として作成されたこと。

2. しかしながら、民事訴訟法第三一二条第三号前段には「挙証者の利益のために作成せられ」た文書としか規定されておらず、これをどう解釈するかは、文書提出命令制度の設けられた趣旨や、同制度の今日的機能を考慮して実体的真実の発見の必要性と文書所持者の処分権に対する保護との調整を図って事案ごとに、フレキシブルに判断されるべきである。

3. このような観点から、利益文書は、「法律上の利益を直接に明らかにするものに止まらず間接に明らかにするもので足り、また作成の目的は作成者の主観的意図に止まらず、文書の性質から客観的に認められれば足りるものと解するのが相当である」(大阪高決昭和五三年六月二〇日〔判タ三六四号一七五頁、判時九〇四号七四頁〕参照)。同旨判例として被告製薬会社が医師を相手方として申し立てた原告ら患者の診療録の提出命令の申立を認容した福岡高決昭和五二年七月一三日(判タ三五一号二四八頁、判時八六九号一七五頁)及び神戸地決昭和五二年一二月二七日(判時九〇四号七三頁)並びに被告化粧品製造業者が医師を相手方として申し立てた原告ら患者の診療録の提出命令の申立を認容した大阪地決昭和五四年八月一〇日(判タ三九五号七七頁)がある。

4. 本件で文書提出命令の対象となっている注文伝票や取引日記帳は挙証者たる松島の本件違法勧誘取引上の損害賠償請求権を理由あらしめる事実を記載した松島の法律上の利益を明らかにするものであり、また文書の性質上単に所持者の利益のためにのみ作成されたものではなく、これら文書が証券取引法第一八四条、証券会社に関する省令第一三条により顧客保護の観点から挙証者の利益のためにも作成された文書とみることができるのであるから「利益文書」に当たることは明らかである。

四、法律関係文書該当性

1. 野村証券は、「法律関係文書」の要件として「その文書が挙証者と文書の所持者との間に成立した具体的な法律関係それ自体、ないしはそれと密接な関連を有する事項を記載内容とするものであるを要する」と解するのが解説判例であると主張する。

2. しかしながら、法律関係文書の意義について、判例上あるいは学説上必ずしも確定的な解釈が確立している訳ではない。野村証券の主張するような見解をとる判例もあるが、これに対しては「このような基準を文字どおり厳格に解したならば、挙証者が提出を求め、これを提出することによって所持者の利益を特段に害しないと思われる文書(たとえば、電報電話局職員である原告が年休を請求し拒否されたにも拘らず、勤務を休んだことをもって無断欠勤をしたとしてなされた懲戒処分の無効確認請求訴訟において、原告が被告に対し、提出命令を求めた職員の勤務状態を記録した勤務割記録表及び電信電報そ通状態を記録したそ通日誌=山形地決昭和四八年三月三〇日〔判時七〇二号一〇九頁〕はこれを法律関係文書と判断している。)についてさえ、提出命令が許されないという不合理が生じる」との批判がなされているのである。

3. 法律関係文書該当性の判断は、ここでも文書提出命令制度の設けられた趣旨や、同制度の今日的機能を考慮して実体的真実の発見の必要性と文書所持者の文書処分権の保護との調整を図って、事案ごとに立証方法の有無、文書の所持者か当事者か、プライバシーの保護、提出命令申立の動機等を勘案してフレキシブルになされるべきである。

4. 本件では取引日記帳、注文伝票が文書提出命令の申立の対象文書となっているが、これらの文書についての法律関係文書該当性についての判断をするに当たっては判例上多くの判断事例のある「賃金台帳」についての判断が参考になる。労働基準法第一〇八条は使用者に各事業所ごとに賃金台帳を調整し、賃金計算の基礎をなす事項や賃金の額等を賃金の支払いのつど遅滞なく記入しなければならない旨規定し、使用者に賃金台帳の作成業務を課している。また労働基準法は、賃金台帳の作成義務に加えて三年間の保存義務(同法第一〇九条)と労働基準監督官から提出を求められた場合には提出すべき義務(同法一〇一条)を課している。賃金台帳は、行政機関の監督を容易にするための資料として作成保存されるとともにあくまでも使用者から労働者に対し、賃金関係を明確にし、後日の紛争に備えさせる性格を有するものと理解されている。

5. これに対して本件で問題となっている注文伝票や取引日記帳は、証券取引法第一八四条、証券会社に関する省令第一三条により、同じく作成、保存が義務付けられているが、その趣旨は公益または投資者保護にある。これらの書類の作成、保存には監督官庁である大蔵省の職員が証券会社の検査及びこれを通じての監督を容易にするための資料の作成、保存としての意味があるが、これらの書類には同時に証券会社から投資者に対し、証券取引関係を明確にし、後日の紛争に備えさせる性格も有するものと理解することができる。

すなわち、文書提出義務についての法律文書該当性の判断をするに当たっての賃金台帳における使用者と労働者の関係は、注文伝票や取引日記帳における証券会社と投資者の関係と同じ、もしくは極めて類似した関係にあると考えられるのである。

6. そこで、事例の多い賃金台帳についての判例を検討すると、当初すなわち、文書提出命令についての議論がまだ不充分な時点においては野村証券指摘の大阪高決昭和四〇年九月二八日のように賃金台帳を内部文書とみる判断もみられた(もっとも、右事例は労働者が使用者に対して未払賃金請求訴訟を提起するため、その証拠保全として使用者を相手方として自己に関する賃金台帳を利益文書に該当するとして提出命令を求めた事例である。)が、その後の議論の進展に伴い、未払賃金請求訴訟において、少なくとも自己に関する賃金台帳については法律関係文書に該当することに判例の判断は収斂されてきているとみることができる(福岡高決昭和四八年二月一日〔判タ二九八号二四三頁〕、名古屋高決昭和五一年一月一六日〔労働経済判例速報九一九号三頁〕、大阪地決昭和五二年一一月二二日〔労旬九五三号二七頁〕、大阪高決昭和五三年三月一五日〔労判二九五号四六頁〕)。

7. 従って、このような判例の考え方からすれば、本件で問題となっている注文伝票や取引日記帳もまた法律関係文書と解するのが現在における判例の一般的な判断にそうものと考えるべきである。

8. 野村証券は、右準備書面「五、」の項において、「本件各文書は、前述のように行政上の目的からその作成・保存が義務づけられている書類であり、いずれも顧客からの注文に基づいて作成されるものではあるが、その作成は野村証券が単独で行うものであり、その際顧客は一切関与しない。このように当事者の一方によって、それも行政上の検査目的で作成される文書に、両者間の民事上の法的地位を基礎付けるものとしての意味はないのであるから、これらが両者間の法律関係について作成された文書とはいいえない。」と主張している。

しかしながら、現在の判例の主たる考え方は、文書作成に挙証者と文書所持者の両者が関与することを要件とはしていない。たとえば自衛隊の戦闘機墜落事故に関して航空事故調査委員会によって作成された航空事故調査報告書を法律関係文書であると判断した東京高決昭和五三年一一月二一日(判タ三八〇号九九頁、判時九一四号五八頁)では法律関係文書の意義について次のように述べている。

(1) 「法律関係」につき作成されたとは、「特定の『権利関係』の発生、変更、消滅を記載したものに限られず、個々の記載事項がそれ自体は非法律的ないし自然的事実であっても、それが挙証者と所持者の間に存する法律関係を構成し又はその存否の判断に直接影響を及ぼすものである場合を含むものと解すべきである。」

(2) 法律関係に「付き」作成されたとは、「特定の法律関係の『ために』作成されたもの、即ち当該文書が挙証者と所持者との法律関係の発生、変更、消滅等を規制する目的のもとに作成されたものに限られず、このような法律関係の発生、変更、消滅の基礎となり又はこれを裏付ける事項を明らかにするために作成された場合も含まれるが、他方所持者又は作成者の内部的事情から専らその者の自己使用の目的で作成されたにすぎないものは、これには該らないものと解すべきである。」

(3) 当該文書が、「挙証者と所持者との間の」法律関係に付き作成されたとは、「そこに記載された事項が挙証者と所持者との双方にとって共通に関連する事項が記載されていなければならないが、挙証者と所持者との双方が共同で作成し、またはその一方が他方に対する関係で作成した文書に限らないものというべきである。」

9. 従って、このような判例の考え方からすれば、本件各文書には、松島の主張している本件証券取引についての違法勧誘の重要な要素となる「はめ込みによる押しつけ販売の事実」を端的に示す受注時間や発注時間その他前記第一の二の項記載の事項が記載されており、証券取引法に基づき作成されている右文書の作成目的が文書の所持者たる野村証券の純然たる内部的事情に基づく自己使用の必要上作成されたものではなく、かつ、挙証者たる松島と所持者たる野村証券の双方にとって共通に関連した事項が記載されているから、法律関係文書とみるべきことは明らかである。

野村証券が主張するように本件各文書が所持者によって一方的に作成されたものであっても、このことの故に法律文書該当性を否定されることはないのである。

五、結論

以上のとおり、本件文書提出命令の対象となっている注文伝票、取引日記帳は、いずれの観点から見ても民事訴訟法第三一二条第三号の文書に該当し、野村証券が提出義務を有することは明らかであり、また、野村証券にとって右文書を提出することは極めて容易であり、野村証券が本件各文書を提出することによって何らかの不利益も受けない。

従って、野村証券が任意に右文書を提出しない旨表明している以上早急に文書提出命令がなされるべきである。

準備書面(平成五年一一月一六日)

(松島昇の平成五年六月一日付文書提出命令申立書及び同年九月二〇日付準備書面について)

松島昇の本件文書提出申立ては以下に述べる通り理由がないから棄却されるべきである。

第一、右準備書面に記載の本件文書提出命令の申立ての理由について

一、右書面記載一について

すべて否認する。

二、同二について

1. 右第一段の主張は、他社の取扱については不知、野村證券においては、――右主張は趣旨が必ずしも明らかではないが、事前に購入希望の注文を顧客から受けて、これを市場に出す場合には、注文伝票の記載上、右購入希望者の氏名をコンピューターにインプットして機械的に印字するとの趣旨であれば、――そのような取扱いはしていない。すなわち、注文伝票上の氏名等の記載はコンピューター処理により機械的に印字することはなく、手書きで記載している。

2. 右第二段の主張は、否認する。

3. 右第三段の主張は争う。そのような販売は行っていない。

4. 右第四段の主張は争う。

注文伝票には、性質上当然のことながら、市場での購入日時は記載されず、また、購入希望者の氏名の記載もそもそもコンピューター処理によりなされることはないから、松島の右主張は、全くその前提を欠くものである。

5. 右第五段の主張は争う。

三、同三について

争う。

四、以上、要するに、野村證券において村島に過大なノルマを課したり、村島においてノルマを達成するために既に購入済みの株式やワラントについて、はめ込み販売をした事実は存在しないし、松島が提出を求めている注文伝票には松島が主張するような記載はない(購入希望者の氏名がコンピューター処理により機械的に印字されることはないし、市場での購入日時も記載されない)。従って、注文伝票の記載をみることにより松島主張の如く「いずれの形態で市場での購入がなされたか一目瞭然となる」ことは、あり得ないのである。

第二、野村證券の文書提出義務の存否について

一、松島は、本件文書提出義務の原因を民事訴訟法第三一二条第三号(松島と野村證券との間の本件株式及びワラントに関する取引に関して作成されたもの)に求め(前記文書提出命令申立書記載四)、「一連の事実関係を明らかにするには、野村證券の保持する(証券取引法上顧客の保護の観点から備え置きが義務づけられ、提出も容易な)本件で問題となっている取引すべてについての注文伝票及び関連して作成される取引日記帳の訴訟の場への提出は不可欠である」と主張している(前記準備書面記載三)。

二、松島の右主張が、民事訴訟法第三一二条第三号の前段(いわゆる利益文書)に立脚するのか、同号後段(いわゆる法律関係文書)に立脚するのか、必ずしも判然としないが、前項前段の主張は、法律関係文書に、後段の主張は、利益文書に、それぞれ該当するとの趣旨に解せられる。そこで、念のため、両方について反論をしておく。

三、注文伝票及び取引日記帳の作成保存義務の趣旨について

証券取引法は国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため、有価証券の発行及び売買その他の取引を公平ならしめ、且つ、有価証券の流通を円滑ならしめることを目的として制定されたもの(第一条)であるが、この制度目的の下、証券業は大蔵大臣の免許を受けた株式会社でなければ営むことができないとされている(第二八条)。そして免許を受けた証券会社は、大蔵大臣による強大な監督処分権に服する(第三五条)こととなり、大蔵大臣は、公益または投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは、証券会社に対してその営業若しくは財産に関し参考となるべき報告若しくは資料の提出を命じ、または当該職員をしてその営業若しくは財産の状況若しくは帳簿書類その他の物件の検査をさせることができるとされている(第五五条)。

注文伝票や取引日記帳等の法定帳簿は、上記の証券取引法の趣旨を実効的ならしめるため、証券会社にその作成及び保存が義務付けられているものであり(第一八八条、証券会社に関する省令第一三条)、「証券会社の内部統制を可能ならしめるとともに、大蔵省の職員による証券会社の検査を実効的に行わせるのに役立つ」(神崎克郎「証券取引法」三四七頁)ものとされている。

四、本件各文書が民事訴訟法第三一二条第三号前段(利益文書)に該当しないことについて

同号前段にいう「挙証者の利益のために作成された文書」であるためには、第一に、当該文書が直接挙証者の地位や権利権限を証明しまたは基礎付けるものであること、第二に当該文書が挙証者の右のような利益を証明し基礎付けることを目的として作成されたことを要すると伝統的に解されている(名古屋高裁金沢支部昭和五四年二月一五日決定〔判例タイムズ三八四号一二七頁〕、大阪高裁昭和五四年三月一五日決定〔判例タイムズ三八七号七三頁〕、東京高裁昭和五四年九月一九日決定〔判例タイムズ四〇六号一二五頁〕等、兼子一・条解民事訴訟法上七九三頁、岩松三郎=兼子一編・法律実務講座民事訴訟法編第五巻二八四頁、斉藤秀夫編・注解民事訴訟法(5)二〇〇頁等)。しかしながら、本件各文書は前記三、の趣旨に基づき作成されたものであり、大蔵大臣による免許行政を的確かつ実効的ならしめるべく実施される証券会社に対する検査の際の資料となるものであって、本件各文書は一証券会社の顧客のうちの一人にすぎない松島の地位や権利権限を証明し、または基礎づける目的をもって作成された文書ではない。いわんや、証券会社の顧客が、証券会社に対し、違法勧誘による損害賠償を請求する際の資料とするといった顧客の利益のためにあるとは、とうてい解されないのである。以上のとおり本件各文書は、挙証者の利益のために作成されたものとはいい得ず、前同号前段所定の文書に該当しないから、右規定を根拠とする文書提出の申立ては、理由がないというべきである。

五、本件各文書が民事訴訟法第三一二条第三号後段(法律関係文書)に該当しないことについて

同号後段にいう「挙証者と文書の所持人との間の法律関係について作成された文書」とは、少なくともその文書が挙証者と文書の所持者との間に成立した具体的な法律関係それ自体、ないしはそれと密接な関連を有する事項を記載内容とするものであることを要すると解するのが判例・通説である(福岡高裁昭和四八年二月一日決定〔判例時報七〇一号八三頁〕、同昭和四八年一二月四日決定〔判例時報七三九号八二頁〕等)。そして、一般に契約書、通帳等は右後段の文書に該当すると解されている反面、稟議書(仙台高裁昭和三一年一一月二九日決定〔下民集七巻一一号三四六〇頁〕)、日記帳及び賃金台帳(大阪高裁昭和四〇年九月二八日決定〔判例時報四三四号四頁〕)などについては、所持者がもっぱら自己使用のために作成した内部的文書にすぎないから、右後段の文書にはあたらないとされている。また、東京高裁昭和四七年五月二二日決定〔高民集二五巻三号二〇九頁〕は、同条「三号後段にいう挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書とは、両者間の法的地位を基礎付けるものとして、両者の直接または間接の関与によって作成されたものをいい、所持者が単独でその必要上作成したものを含まない。」と判示している。

本件各文書は、前述のように行政上の目的からその作成・保存が義務付けられている書類であり、いずれも顧客からの注文に基づいて作成されるものではあるが、その作成は野村證券が単独で行うものであり、その際顧客は一切関与しない。このように当事者の一方によって、それも行政上の検査の目的で作成される文書に、両者間の民事上の法的地位を基礎付けるものとしての意味はないのであるから、これらが両者間の法律関係について作成された文書とはいい得ない。従って、本件各文書は民事訴訟法第三一二条第三号後段の文書にも該当せず、右規定を根拠とする文書提出命令の申立ても、理由がないといわざるを得ない。

六、要証事実が当該文書に記載されている蓋然性の不存在について

文書の提出義務は、裁判の適正妥当な判断を確保するために文書の所持者に特に課せられた公法上の義務であるから、右の目的を超えて当該文書の秘密性を侵害することは許されないというべく、また同法三一六条は、その命令に従わず提出しなかったときは、その文書に挙証者のいう趣旨の記載があるのに、相手方が故意にこれを隠蔽しているとの推認ができることに基づくのであるから、裁判所が文書の提出命令を発する際には、少なくとも当該文書が右推定ができる情況にあることを前提としていると解される。しかして、本件各文書は、前述の通り証券行政の一般的必要性のため証券会社に作成を義務付けたものにすぎず、具体的な紛争に関する報告書ではないし、また、松島が本件申立ての理由として主張しているところは、前述の通り、いずれも前提を欠くものであり、失当であって、松島の主張する要証事実が本件各文書に記載されている蓋然性は全く存在しない。従って、この観点からも、松島の本件文書提出命令の申立ては理由がない。

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